google-site-verification=h8Oxktyx-MnRxXlOKL6DQTtE54tlcfg0HaWKLkjIu_w 色々感じたこと | 55歳アーリーリタイアの暮らし 〜釣り、山歩き、お絵かき〜

ハロウィン騒動

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    週末の10月31日はハロウィンです。

     

    町のあちこちにオレンジと紫のカボチャやゴーストのキャラクターが飾られて、スーパーのチラシにもパーティー用の惣菜やお菓子が沢山載っています。

    そうしたものを見ているとハロウィンって、ここ最近急にメジャーになったなぁと少し不思議なような気分になります。

     

    昔はなかったハロウィン

     

    私が子どもだった頃は、こんなイベントはありませんでした。

    たしかNHKで放送されていた、スヌーピーの漫画ピーナッツのアニメでチャーリーブラウンたちが楽しんでいるのを見かけるのが、ハロウィンとイースターの唯一の情報でした。

    「外国ではあんなことをするんだな」と実感なく思っただけでした。

    もちろんパーティーやコスプレをした経験も、私と同世代であれば、都会か地方か、お金持ちか貧しいか、関係なくないのだろうと思います。

    カボチャを食べる日と言えば12月の冬至だろうという世代です。

     

    ネットで検索してみると、ハロウィンが日本で認知され始めたのは1990年代の後半に

    東京ディズニーランドがイベントを開催したのがきっかけのようです。

    バレンタインのようなビジネスチャンスとして、お菓子メーカーがハロウィン市場を開拓したことも大きかったようです。

     

    こうしたイベントはお金儲けとセットになると一気に広がります。

    似たようなものとしては、古くは土用の丑の日のウナギ、比較的最近のものなら節分の恵方巻が有名だと思います。

    もともとは関西地方限定だったとよく言われている「節分の丸かぶり」ですが、私は関西の大阪生まれの大阪育ちですが、子どもの頃にはそんな風習は一般的でなかったと記憶しています。

    こちらは1998年にコンビニが「恵方巻」としてイベントを全国展開したことでたちまちメジャーになったようです。

     

    こうした風習はお金儲けとセットだと見るとなんだかなぁですが、季節を楽しむイベントとして見るとは毎日に彩ってくれる楽しみともいえます。特に子どものいる世帯には欠かせないものでしょう。

     

    ただの大騒ぎになっている

     

    しかし、このところ毎年報道される繁華街での「ハロウィンのコスプレ若者」の常軌を逸した騒動はさすがに目に余ります。

    子どもの「Trick or treat」は可愛いと思いますが、いい年をした大人がいたずらではなくただの群集心理で騒ぎ立てるのはただの暴徒です。

    混乱の一夜の現場に参加することが彼らにとっての武勇伝なのだろうと想像しますが、あの騒ぎの一体どこがハロウィンなのかと。

    そもそも秋の収穫を祝うお祭りのハロウィンを、どう勘違いしているのか仮装してただ無法に騒いでいい日だと思っているような群集を見ると何とも情けない腹立たしい気分になります。

     

    今年のハロウィンはコロナでの自粛が呼びかけられていることもあり大きな事故が起こらないといいなぁと思いつつ、我が家は普段通りの一日です。

     


     

     


    成功者のお金の使い方に納得いかず

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      普段はそんなものは見ないのですが、「成功者のお金の使いかた」という煽り文句の、「貯金をする人は金持ちになれない」というネット記事を読んでみました。

       

      IT長者の論調

       

      さわりの部分だけですが内容を要約すると、1億円の貯金があって、月収15万支出15万よりも、貯金なし月収100万支出100万の方が豊かな人生を送れる。貯金などしているよりも、自己投資や人脈を広げるためにお金を全部使った方が、より稼げる人になれるというものです。

       

      私も名前くらいは聞いたことがある気がする、ビジネス本を沢山書いている有名人が書いたコラムですが、読んでも一つも納得した気分になりません。

      ビジネスで成功した体で書かれている本は書店で棚を結構な幅を取っているのを見かけますから、きっとそれなりに売れているのだと思いますが、知る限り大体こうした論調がベースです。

       

      またこうした本を著している人は大抵ネット関連などで時代に乗って稼いだ人で、時流に乗る力は優れていたにしても、自己投資によるスキルアップや本当の意味での人脈で成功した訳ではないようにも思えます。お金ベースでの人脈で、儲けと無縁になれば離れていく人達というか。

       

      どうも月収100万という高収入イコール豊かと感じる感性の人は、このところまた話題になっている堀江氏と似た感性の、自分の身の回りで動くお金が高額であることが優先されている人のような気がしてなりません。

       

      蓄えは価値がある

       

      それは別としても、私はやはり1億円の貯金があるのはいいことだと思います。私とは無縁の数字ですが。

      いつ途絶えてもおかしくない月収100万円、自分の力の及ばない世間の動向で途絶えるかもしれない収入よりも、自分の判断で使える1億円の方が私は魅力を感じます。

       

      もし1億円の貯金があれば、労働者は嫌な思いを我慢してサービス残業せずに、人間関係や仕事内容に神経をすり減らすこともなく、自分の良心に沿って暮らしていけると思います。

       


       

       


      定期券の疑問

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        一昨日書いた定期券のことで思ったのですが、サラリーマンや学生は、毎日必要があって確実に乗車するのに、なぜ割引をしてくれるのか不思議に思いました。

         

        割引の理由は?

         

        定期券は回数券と違っていわばフリーパスみたいなものだと思うのですが、USJやディズニーランドなどの観光施設の年間パスポートや野球場の年間指定席であれば、訪問回数を増加するための方策として、訪問1回あたりの単価は下がっても年間での売上増加を狙って割引するのだと思います。

         

        USJであれば他の施設との競合があったり、夕方以降の入場者を増やしたいなどの狙いがあり、野球場であれば家でナイター中継を見るか球場に行くかの選択肢があったり、その取り込みに年間パスポートは効果を発揮しそうです。

         

        しかし、通勤や通学のために電車に乗ることは必然的で、基本的に他の選択肢がないのに定期券で割引してくれる理由は何でしょう。

         

        通勤や通学での集中的な利用によって朝夕の通勤ラッシュが発生して、鉄道会社はこのラッシュ時間に最大の輸送能力を発揮できるように大きなコストを負担をしていると思います。

        5分おきに電車を走らせるような過密ダイヤで本数を増やしたり、車両を増やしたりして乗車人数を増加させたりなどです。

        過密ダイヤになれば、管理コストもかかり車両の数も増やさねばなりません。車両を増やすにはホームを延長しないといけません。

         

        安い定期券を使って利用の多い時間帯に通勤、通学する人のために、鉄道会社は莫大なコストを負担しているような気がします。

         

        たとえば高速道路であれば鉄道の定期券とは逆で、利用の多い時間は割引せず、利用の少ない時間に割引をしていて、こちらの方が理屈が分かりやすい気がします。

         

        オフピークの割引も

         

        自分が定期券を持たなくなると、定期券の割引率を下げて、オフピークチケットをもっと割り引いてくれればいいのになあと勝手なことを思います。

         

        アーリーリタイアをして定期券を買うことも無くなりましたが、割引について少し不思議に思いました。

         

         

         


        アーリーリタイアして通勤定期が無くなった

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          アーリーリタイアして通勤電車に乗ることはなくなり、最後に買った6ヶ月の定期券が先日切れました。

           

          電車賃が要る

           

          約37年間のサラリーマン生活のうち、結婚してからの25年間はずっと今の地域に住んでいました。

          その間何度か異動がありましたが、自宅から一番近いターミナル駅までの通勤定期はずっと持っていました。

          そのため、休日などに予定がない時に気が向けば、そのターミナル駅まで定期券で出かけて、本屋やCDショップを覗いたりしましたが、定期券が無くなり運賃がかかるようになったため、これまで程気軽にターミナル駅まで出掛けることが出来なくなりました。

           

          通勤の交通費は支給されていてその定期券でプライベートでも乗車出来たわけですから、ある意味優遇されていたのだなあと感じます。

           

          そうした通勤ですが、今の通勤コースで25年になりますので、乗車回数はかなりのものです。

           

          勤め始めたころに生まれた子どもも立派なおじさんおばさんになっていると思うと、時間が経つのは早いと感じます。

           

          乗車回数を計算してみると1年のうち出勤日をおよそ200日として、25年であれば片道で5000回、往復10000回以上も乗車してきたことになります。

          改めて計算するとすごい回数だなあと感じます。

           

          まだ慣れない

           

          ずっとその間、いわば自己負担なしで最寄りのターミナル駅までは乗車出来ていて、それに慣れっこになっていたので、電車賃を払って乗車することに違和感があります。

           

          心の準備ができていた毎日仕事に行かなくなったことより、むしろ慣れるのに時間がかかるかもしれません。

           

           

           

           

           


          懐かしさに敏感に

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            年を取ってきたせいなのか、以前よりも懐かしいという感情に敏感になっている気がします。

             

            子ども時代を過ごした町に

             

            リタイア予定の前倒しを考え始めていた去年の夏〜秋頃はなんとなく虚無的な気分が続いていて、その時期に何故か子ども時代を過ごした町が懐かしくなって、一人で散歩して来たり卒業した小中学校のHPを見てみたりしました。

             

            現地に行ってみると、予想通り田んぼだったところがマンションに変わっていたり、文化住宅が一戸建てになっていたり、街並みは大きく変わっていたものの、子ども時代を過ごしていた頃の面影は残っていて、懐かしさには浸ることが出来ました。そしてこれまた予想通り、別に気分がさっぱりするということもありませんでしたが、それでも来てみて良かったような気になりました。

             

            以前に書いたように、子供の頃から自転車を漕いでどこまでも行ってみたりしていた放浪癖の持ち主なので、それ以降も外出ついでに昔懐かしい場所に寄ってみる機会は多くなっていますが、あまり人に理解される行動ではないようです。

             

            前向きに懐かしむ

             

            50代はまだ過去の人生を懐かしむというのは早過ぎるのでしょうが、リタイアを考えるような段階になると、懐かしさに浸りたい気分になるのかも知れません。

            後ろ向きになっているという風に捉えられるかもしれませんが、自分の中で前向きさがあるのであればそれはそれで構わないような気がします。

            ここまで来たけれど、さあこれからどこに行こうといった感じです。

             

            あと、自分のルーツなどに全く興味がなかったのですが、これも年を取ってきたせいか、どうやら自分のルーツがあるらしい鹿児島県の喜界島という島に一度行ってみたいなぁという気に少しなりつつあります。

             

            結構な時間もお金もかかる割にはこれといった観光地もないところで、水曜どうでしょう的な聖地巡りくらいしか思いつかないので、実際に行く確率は低そうですが、地図や時刻表を見ながら妄想を楽しむくらいはしばらく楽しめそうです。

             

             

             

             

             


            台風が来ています

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              今年はこれまで台風が上陸せずにきていてこのままいってくれるかと思っていたのですが、もうシーズン終了かと思われる10月になって台風が来ました。

               

              予測コース的には上陸の可能性は少なそうですが、雨量が増えそうなのと地方によっては風にも警戒が必要そうです。

               

              災害時に家族と居れる

               

              これまでは災害があっても可能な限り出勤しないといけない職場でした。

              ポスト的なものもあるのですが、どちらかというと基本自宅待機などではなく、何とかして出勤して保安要員として職場に泊まり込むようなことが求められる立場でした。

               

              そうしたことは私の中では結構なプレッシャーでした。

              やはり緊急事態に妻の傍におれずに仕事を優先しなければならないというのは感情的には納得のいかない事でした。

               

              退職したことによりこれからは妻や自分のことを優先して行動できるのはうれしいことです。

               

              近畿地方には明日最接近のようですが、他の地方も含めて大きな被害がないことを祈ります。

               

               

               

               


              同期で交流バーベキュー

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                仲の良い同期が7人います。

                 

                毎年、春の年度替わり、夏の暑気払い、冬の忘年会か新年会という感じで何度か集まって宴会をしていました。

                特に今年は春の人事異動で一人昇格した者も居たので、昇格祝いも開きたかったのですが、コロナ感染症の流行で大っぴらに宴会をすることも出来ずに延び延びになっていました。

                 

                同期で交流会

                 

                私が個人的に遊びに行く目的で調べていたところ、手近な距離の公営のキャンプ場でバーベキューをすることが出来るところがありました。

                屋外でキャンプサイトに自分たちだけならソーシャルディスタンスに配慮すれば問題ないだろうという事で、半年遅れで久しぶりに集まってきました。

                 

                久しぶりに気の置けない仲間と肉を食べビールを飲み、買いすぎだろうという量を買った肉を完食し、まだまだ俺たち食べられるなあなどと楽しみました。

                主役は春に昇格した男ですが、私と同じく9月末で退職する1名は、有休消化ですでに8月中旬で最終出勤日を終えており、すっかりリタイア後の風情でした。

                 

                54〜56歳に収まるメンバーなので、それでなくてもそろそろ定年も意識してくる年代ですが、いまのところ、9月末退職する私ともう一人の二人を除いては、そうした考えはないようです。

                というか、7名中2人が早期退職というのは十分にめったにない高確率なのだと思います。

                 

                身近な健康問題

                 

                それぞれの身の回りの近況報告が主な話題になりますが、今回は特に関係者の健康に関する話が多かったように思います。

                同僚が脳血管障害で長期入院になってしまった、脳腫瘍が発見された、すい臓がんで長期休職している、そんな話ばかりでした。

                 

                やはり病気が身近な問題になるような年代に差し掛かっているのだなあと改めて実感しました。

                 

                病気ばかりは健康に気を遣った生活をしていても防げると限ったものではありませんが、健康にはできるだけ気をつけながら暮らしていきたいなと再認識しました。

                 

                 

                 

                 

                 


                慣れ親しんだ町

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                  約37年のサラリーマン生活のうちの34年間を同じ事業所に所属していました。

                   

                  その職場の近くに大阪有数の商店街があります。

                   

                  商店街のある町

                   

                  最寄り駅という訳ではないのですが、あまり違わない距離でその商店街の最寄り駅から通勤することが出来たので、主に帰宅時によくその商店街を通っていました。

                   

                  昔ながらの商店街なので少しでも残業などしていると多くのお店は閉店していたりするのですが、アーケードがあって雨風を避けれましたし、暑さ寒さも多少はましなので、最寄り駅よりは少し遠回りになるのですが、日常的に通っていました。

                  また現在の職場からも帰り道に途中下車すれば寄ることは可能です。

                   

                  物価が安い事でも有名な商店街なので、休日に定期券を使って買い出しに来て、自宅近所のスーパーより随分安い値段で食料品などのまとめ買いにも利用していました。

                   

                  もうすぐ、退職して通勤定期がなくなると、この商店街を利用するにも電車賃が必要になるので足が遠のきそうです。

                  自宅から自転車で40〜50分で通えそうなので、運動がてらに利用したいとは思ってはいるのですが、やはりこれまでのように「生活圏」といった感覚ではなくなりそうです。

                   

                   

                  これまでに何度も引っ越しを経験してきました。

                   

                  物心つく前に3歳くらいまでは借家の長屋に住んでいたようです。その次は安アパートに小学5年生くらいまでですから約8年ほど、その次は同じアパートの隣の棟の風呂付アパートに約8年ほど住みました。

                  私が就職してから20歳の頃に公営住宅に入居し、26歳から約4年間は主に絵を描く用に借りたとんでもなく古い風呂無し長屋で寝起きしていました。

                  30歳で結婚し1年間賃貸マンション住まい。中古一戸建てを購入して約16年そこに住み、建て替え時に約半年仮家住まい。そして今の家に今年で6年ほど。

                   

                  実は一番長く過ごしてきた町

                   

                  思えば30数年過ごした職場の町は、これまで住んだどの家よりも長い時間を過ごした町で、その近くの商店街も一番長く通った商店街という事になります。

                   

                  これまで55歳まで生きてきて、一番長い時間を過ごした場所から離れるのだから、自ら望んでそうするとはいえ、少しは寂しさを感じて当たり前なのだと思います。

                  そう考えると仕事というのはやはり人生で大きな部分を占めるものなのだと改めて思います。

                   

                   

                  その仕事を離れて、人生の後半戦を自分のやりたいことをしっかりやりながら充実させていきたいと思います。

                   

                   

                   

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                  感想(27件)

                   


                  お金があっても不自由

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                    私たちは、ついお金に捉われがちです。

                    お金があると自由を手に入れる事が出来るような気がしているのだと思います。

                     

                    しかし、経済的に恵まれた人の中にも不自由そうな人がいるように見えますし、質素な生活をしていて日々を豊かに楽しんでいる人もるように思えます。

                     

                    一般的に、お金はあればあるほど選択の自由度が上がるように思えます。

                    たしかに「購買能力があるかどうか」ということで言うとその通りだと思います。

                     

                    その一方で、小さい支出で満足できる方が自由だということも言えると思うのです。

                     

                    新幹線はグリーンでないと

                     

                    たまに、「新幹線はグリーン席でないとダメだ、通常の指定席なんて乗れない」という人がいます。

                     

                    私も仕事でグリーン席に乗った事が何度かありますが、たしかにグリーン席は指定席よりも快適ですしステータスもあると思います。

                     

                    でも、私的には個人で利用するには金額が高すぎるとおもいますし、普通の指定席でも十分快適です。

                     

                    仕事でグリーンに乗せてくれるのであれば歓迎ですが、個人旅行は指定席で、早めに行くことで座れそうなら自由席で十分、私の場合はそんな感じです。

                     

                    しかし、先のようにグリーン席でないと満足できない人もいます。

                     

                    「グリーンでないとストレスを感じる、グリーンのステータスを感じないと満足できない」

                    そう感じて指定席という選択する事が出来ないということです。

                     

                    どうも不自由な感じがします。

                     

                    グリーンでないと我慢できない人は「満足できる基準が上がってしまった」だけで、自由度は狭まってしまっていると思います。

                     

                    一方で、指定席でもいいよという人は、選択の自由度があって満足度も高くなるという事ではないかと思います。

                     

                    私はグリーンでないと満足できない不自由さはかなりの不自由だと思います。

                    高速バスや在来線を活用して乗りこなす自由人に魅力を感じます。

                     

                     

                    ブランド卵

                     

                    私は卵かけご飯が大好きで、朝ごはんや昼ごはんが、毎日卵かけご飯でもむしろ嬉しい人間です。

                     

                    そして私が普段食べているのは、スーパーで普通に売っているパック卵です。

                     

                    一昔前にTKG(卵かけご飯)ブームがあったせいか、一般のスーパーでもブランド物の卵も見かけるようになりました。

                    ヨード卵光くらいであればスーパーでも手に入りやすいですが、それ以上に拘ると、入手するのも手間がかかりますし、値段も高価です。

                    道の駅や直売店まで買いに行かないと買えなかったり、インターネットでないと購入できなかったりします。

                     

                    「今日は卵かけご飯を食べたいな」と思ってもすぐには準備できません。

                     

                    これもどうも不自由な気がします。

                     

                    もちろん、たまには贅沢な卵かけご飯というのもいいと思いますが、拘りの卵じゃないと満足できない、となってしまうと、すごく不自由な気がします。

                     

                     

                    幅広い選択の自由

                     

                    お金があれば、色んな物を購入できますし行動範囲も広がるかもしれませんが、そのことによって「普通」で満足できなると、同時に不自由になるような気がします。

                     

                    ただただ基準を上げるだけでなく色んな選択を楽しめる方が、色んな満足を得られる、その方が生き方の自由度が上がるような気がします。

                     

                     

                     

                     

                     


                    お酒が苦手は損なのか

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                      私が自分で残念に思っていることのひとつに「お酒が弱い」があります。

                      一滴も飲めない訳ではないのですが、一滴でも真っ赤になるほどで、アルコールのパッチテストを受けると「体質的に飲めない人」に分類されました。

                       

                      それでも「弱い」という表現に留まるのは、若い頃に、いわゆる「飲む練習」を積んで、ちょっとした飲み会の機会で2時間ほど居酒屋などに行った時には、2時間をかけて生ビールの中ジョッキ一杯くらいを何とか飲んで、飲み会に参加できるようになったからです。

                       

                      飲まない訳にいかなかった

                       

                      今は時代が変わりましたが、私が就職したころは、出勤初日に高卒未成年にも関わらず歓迎会と称して飲み会に連れていかれ、当たり前に飲酒を勧められました。

                      先輩に勧められた酒は断るものじゃないと教育された世代です。

                      またすぐに「一気コール」ブームが起こった時期でもありました。

                       

                      アル中だった父親が、私が高校生の時に肝硬変で亡くなり、精神的にも経済的にもしんどい思いをしたので、気持ち的にもお酒を遠ざけたい気分はあったのですが、当時の職場環境では飲まないという選択肢はありえませんでした。

                       

                      しばらく経つと、「こいつは酒が弱い」というのは周囲にも一定浸透してきますが、それでも飲まなくても良くなる訳ではなく、「飲む練習」をすれば飲めるようになると言われましたし、自分でも「弱いけれどお酒の場は好きです」などと言って、極力職場の飲み会には参加していました。

                      当時の職場のムードや常識は、それくらい強制力がありました。

                       

                      飲めないと人生半分損

                       

                      お酒が飲めないと、人生を半分損しているなどと言われます。

                      確かに、シンプルに味だけでも発酵食品好きの私は、弱いくせに日本酒やワインを一口飲むと美味しいと思いますし、いわゆる「酒の肴」みたいな食べ物も大好きです。

                      しかし、お酒を飲んで嫌なことを忘れるとか、楽しい気分になるという経験がありません。昨日は飲みすぎて覚えていないなんて経験もありません。

                      精神的にそこまで酔いが回る前に、肉体的な限界が先に来て、気分が悪くなり頭痛がして嘔吐して、お酒どころか水も飲めなくなります。

                      合法的にトリップ感を経験するチャンスを失っているのは損な気がします。

                       

                      社会人はやれ新年会、忘年会、それ歓送迎会、親睦会だなどお酒を飲む機会が多いです。

                      上司や先輩、同僚などと一仕事片付けて、打ち上げ気分で今日は飲みに行こうとなることもしょっちゅうです。

                      その度にコップ1〜2杯程度のビールで素面のまま、2時間3時間、さらに二次会と、アルコールでテンションが上がった人達に付き合わねばなりません。

                      生ビール1杯で会費一律5千円というのにも不公平に感じます。

                       

                      また、自分を目にかけてくれている世話になっている先輩がお酒好きな人だと、良かれと思って誘ってくれますし、逆に自分が後輩を連れて行ってやりたいと思うこともあります。こうした時には本当に申し訳ないような気分になります。

                       

                      仕事関係に限らず様々な人間関係がお酒の場で生まれることもあるため、シンプルに人として損な面があるとも感じていました。

                       

                      中には酒を飲まない男は本音を吐かないから信用しない、などと声高に言う極端な人もまだいました。そこまで行くと逆に酒の力を借りないと本気の話もできないような奴はこちらも信用しないと割り切ることが出来ましたが。

                       

                      それでも、実際に目をかけてくれている上司や先輩から「お前が飲めたらなあ」と残念がられましたし、お酒の力があればもう少し関係良くやれた人もいたような気がします。

                       

                      当然例外もありますし、飲める側の人からすれば違う見方もあるだろうと思いますが、お酒が飲めないことは社会人としては、やはり不便なことです。

                       

                      37年間の間、どこかで居心地の悪さを感じることがありましたが、その中にはお酒が飲めないということも要因としてあった気がします。もしかしてもしかするとお酒が飲めたらアーリーリタイアという発想もなかったかもしれません。

                       

                      飲まなくてもいい人

                       

                      しかし、そうは言っても飲めないものは飲めないので、飲めないことをポジティブに捉えるしかありません。

                       

                      お酒の効能を調べてみると、次のようなもののようです。

                      食欲増進・ストレス解消・コミュニケーションの円滑化・疲労回復・健康食品として・死亡率低下

                       

                      飲まなくても食欲はありますし、上に書いたように飲みニケーションしかできない人とはコミュニケーション不要だと思っていますし、親しい友人たちとは小量ですが楽しく飲めます。死亡率については早死にはしないだろうと根拠のない確信を持っています。

                      そう考えると、私はお酒の効能に頼らなくてもいい、「飲まなくてもいい人」なのかもしれません。

                       

                      それに、飲み代がかかりませんし、アルコールに起因する病気にもならない、お酒の場から発生する変なトラブルに巻き込まれる可能性が低い、酔っ払っての醜態をさらすことがない、うちの父親のようにアル中になって早逝する心配がない、などもメリットです。

                       

                       

                      そして、何よりも、結果的に今現在、健康的な日々を過ごせて幸せでいられるのは、お酒が飲めない体質だった事も大きな要因だと思っています。

                       

                       

                       

                       


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